万葉の歌碑
高島を詠んだ万葉歌が多いのは、この地が大陸、若狭と都を結ぶ交通の要所であったことが関係しています。旅人たちは風や波が静まるまで高島に滞在し、その間に歌を詠んだと推測され、現在、旧高島町内にはそのうちの6つの歌の歌碑が建立されています。
また、白髭神社の境内には、紫式部、松尾芭蕉、与謝野鉄幹・晶子の歌碑も建てられています。

「何処にか われらは宿らむ 高島の 勝野の原に この日暮れなば(高市黒人)」
<大意>どこで私は宿ろうか。高島の勝野の原に、この日が暮れてしまったら。(碑の場所・・・関西電力変電所内)

■「大御舟 泊ててさもらふ 高島の 三尾の勝野の 渚し思ぼゆ」
<大意>天皇の御船が泊まって、風待ちしている高島の、三尾の勝野の渚が思い出される。(碑の場所・・・大溝漁港内)

「思ひつつ 来れど来かねて 水尾崎 真長の浦を またかへり見つ」
<大意>心に掛けながらやってきたが、行き過ぎかねて、水尾が崎から真長の浦をまた振り返って見たことである。(碑の場所・・・鵜川四十八体北上り口近く)

「何処にか 舟乗しけむ 高島の 香取の浦ゆ 漕ぎ出来る船」
<大意>どこで船に乗ったのであろうか。高島の香取の浦から漕いでくる船は。(碑の場所・・・音羽古墳公園内)

「大船の 香取の海に 碇おろし 如何なる人か 物思はざらむ」
<大意>香取の海に碇を下ろして、いかなる人が物思いをしないであろうか。(碑の場所・・・乙女が池公園内)

■「旅なれば 夜中を指して 照る月の 高島山に 隠らく惜しも」
<大意>私はいま旅にいるので、夜中の方をさして照っている月が高島山に隠れるのは惜しいことだ。(碑の場所・・・北村邸内)













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