近藤重蔵の墓所
近藤重蔵守重(1771-1829)は、寛政10年(1798年)27歳の若さで松前蝦夷地御用取扱を命じられ、以後5回にわたって北方領土を探検し、エトロフ島では高田屋嘉兵衛と共に、業場を開いたり、「大日本恵土呂府」の標柱を立て、地理書を作って幕府に出すなど大いに力を発揮を発揮しました。しかし文政10年(1827年)長男富蔵の殺傷事件の責任を問われ大溝藩、お預けの身となり、波乱の生涯を閉じ、円光寺の塔頭瑞雪院に葬られました。
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